2019.1.4 |
先住犬の琴を天に送って、あらたに犬を迎える気持ちが出てきた時、
「今度は子犬を二匹同時に迎えよう」
と決めた。
理由は、
二匹で遊んどいてもらってほしかったから。
最後の琴のリンパ腫の闘病と四肢麻痺による介護生活は半年くらいのことでありそんなに長くはなかったのだろうが、私なりにつきっきりで心身捧げてやりきった感があり、もう犬中心の生活は十分、と感じていた。
なので、次はもう少し犬に対して距離を取り、『犬は犬、人は人』な部分も持ちたい、と思った。
二匹でいれば、人間にはできない犬どうしの活発な遊びや運動ができるだろうし、会話もできるだろうし、お留守番の時は一匹でいるよりは心強いだろう。
(実際のところはたとえ二匹で留守番していたとしても、飼い主がいない寂しさや不安というものが減るわけではなく各々が持ち続けていると思われる)
ま、留守番させる時、私たち人間の気持ちがちょっと楽、というのもある。
多頭飼いは風太と琴で経験済みだから、子犬二匹でもなんとかなるだろうと思った。
ブリーダーさんだって同時に何匹もの子犬を世話している。
「自分、飼育員になったつもりさくさく働きます!」
なーんて思っていた。…が実際は、とても大変だった。
大変だなぁと思ったポイントは、
第一には、子犬育ての登竜門、おトイレ事情。
トイレの躾が大変なのではなくて(いや、大変だけど)
後始末が2倍になって大変、ということ。
“トイレの出来なさ”が二匹同レベルで同時に起こる。
トイレシートからはずれたり、ベッドや床に粗相してしまうのはもちろん、
うんちを踏んで歩き回ったり飛び跳ねたりするので、汚れた手足を洗って、お尻を拭いて、床を掃除して、トイレトレーの網を洗って、時にはケージの網にまで吹っ飛んでいるのを拭いて、それらが2回セット、時には同時。こっちやってる間にあっちが!!って大変よ〜
朝起きてケージを見に行く時や外出から帰って来る時「ハァァ…どうなってるんだろ…」と憂鬱超えてもはや恐怖。
まぁ、粛々と後始末をするしかないわけだが、これが結構体力気力が要った!
第二に、これは成犬になった今の方が激しくなっているが、何かあると共鳴しちゃって、吠えだすとうるさい。群れの動物、という感じ。
ごはん前とかワーワーキャンキャン盛り上がる。期待と喜びと催促とはやる気持ちで自然の行動だが、敏感な私の耳には響いて痛い。
ちなみに、成犬になってからの話だが、そらが入院してとわ一匹だった時、彼女はえらく静かであった。ごはんが用意されるのをおとなしーく待っていた。「なんだ、できるんじゃん」と思ったと同時に、あまりに静かだったので寂しすぎて具合わるいのか?と心配になったくらい。
いざごはんを出すとふだん通りガッツいたので、単に共鳴する相手がおらず大騒ぎしなかっただけである。
第三は散歩。
子犬は散歩がへたっぴだ。あっちゃこっちゃ行っておぼつかない。拾い食いもする。
最初は二匹別々に行ったが、それはそれで大変。やっと帰ってきて足を洗って体を拭いて、もう一回行かねばならない時の気合の必要さよ。
「ええい、めんどうだ、一緒に行ってしまえ!」と二匹で行くと、はちゃめちゃ×2で激しく後悔する。
どっちにしても大変なのであった。
第四(まだあるのか?!)は、子犬二匹は体格差もあるし遊び過ぎになって体力消耗させ過ぎてはいけないので、ケージをふたつ用意してリビングルームに置いていた。でも夜間が心配で結局私はリビングの床かソファで一緒の一緒の部屋で寝ていた。
これが、自分の体にきつかった。「ハァ、ヒトのベッドで寝たい…」と何度思ったか。自分で選んだことなのだけど。
第五(まだあるよ!)は、やはり一匹一匹に向き合った方がその子に合った躾や社会化がしやすかったのではないか、ということだ。
そらは人にも犬にもフレンドリーで社会化においてはあまり問題は見受けられなかったが、とわの方は環境を察知する力が上がるにつれ、過剰反応するようになった。
要は、見慣れないものや犬や人に向かってガウガウと吠えるようになったのだ。
同じ環境で同じように育てたのになぜ?!と思ったが、個性の違いである。
それぞれの犬の性質に合った対応が必要なのである。
だが、わちゃわちゃ子犬が二匹だといかんせんおざなりにしてしまう点もなきにしもあらず。ゆえ、とわの社会化に丁寧に向き合えてなかったようで、現在も苦心している。
と、この5つが主に大変ポイント。(まぁそもそも私は“大変がり”)
あとは、これは二匹同時子犬育てのみならず、成犬の多頭飼いにとってそもそも必須なことだが、同時に二匹分の狂犬病と混合ワクチン代、フィラリア予防検査と予防薬代が必要になる。
そして高額な医療費もかかる場合がある。なので、保険に入るのは必須だと思う。すると保険の掛け金も二匹分になる。保険の掛け金は年齢を重ねるにつれ上がっていく。
ホテルに預ける場合のホテル代も二匹分。
旅行に連れて行ったら行ったで宿によっては二匹分のお犬宿泊料。
トリミングを業者にお願いするならその料金。
(家で洗うならその体力)
とにかくかかるお金が二倍になる。
そして、
老後が二匹同時に来ること…
これは、正直、今は目をつむっている。
「その時、がんばる」しか言えない。
琴の介護は大変だった。あんなふうなのか、もっと楽か、もっと大変か、現時点ではわかりようがない。
でも琴のことでやりきったように、やりきるしかない。
犬が老齢になる頃、自分だって年を取っている。琴の時よりもっと取っている。ということは、人間側の体力の問題がある。
(願わくば、その頃もっと私の精神年齢も上がっていてますように…)
そういうことを考えると、今回子犬を迎えるにあたっては自分たち夫婦の年齢も逆算して、今回が子犬を迎えるのにはラストチャンスだ、と判断した。
自分たちの体も整えて元気に長生きしなきゃならん。
と、まあ、大変なことやら覚悟が必要なことやらいっぱいあるわけだが、
それでも、小さな毛玉たちがクークー、アルルル言いながらくんずほぐれつ遊んでいる姿は微笑ましく、二匹同時にしてよかった、という気持ちの方が大きい。
成犬になった今も、いちゃいちゃしたり、小競り合いがあってもすぐ仲直りして相性がいい感じ。この、相性がよくなるよう考えたことについては別記事で。
お顔をぺろぺろし合いますよ 2021.5.25 |
同時に二匹の子犬育ては私にとってはとても大変であったし、まだ2歳の今も大変な部分はある。
多頭飼いする場合で二匹目を迎えるなら、子犬時期はずれていた方が確実に楽だろう。
でも、大変か楽か、が最優先ではないんだなー
二匹が楽しいか、安心か、幸せか。
私も楽しいか、嬉しいか、幸せか。
二匹が最初っからずーっと楽しそうにしているのは確かである。
それを見て、私はにまにまし、ポメ毛を生やして混ざりたい、と思うのである。